KOKEMOMO Sweden | Same vol.1

特集:サーミ

2013-02-01

第一章:サーミの手工芸とヨックモック・ウィンターマーケット


北部サーミの言葉で手工芸(Slöjd/スロイド)をDuodji(ドウジ)と言います。
ドウジはサーミのアイデンティティを象徴するものであり、またサーミのライフスタイルに基づいた日々の道具として、重要な産業のひとつとしてサーミの社会で大切な役割を担っています。

サーミはいつの時代も自身の手で道具を作り、衣服を縫ってきました。古代より木の根、白樺の樹皮、トナカイの革や角など身近にあるものを材料に作られてきた彼らの日用品。後年には錫や銀、真鍮などの材料が加わることにより、機能、デザインの幅を広げました。必要最小限のものだけを持ちトナカイを連れて遊牧生活を送る中で生み出されてきた彼らの道具は機能美にあふれ、現在では芸術品としての価値も高まっています。
サーミの社会では伝統的に、トナカイ等の角細工、木工細工など『硬い工芸』は男性の仕事、衣服等の布を使ったもの、木の根細工、革加工など『柔らかい工芸』は女性の仕事とされてきました。

◎角・木工細工
same.kniv.jpgphoto: Digitalmuseum / Nordiska museetサーミの社会では動物の角や骨も物づくりの材料としてとても重要でした。ドウジには主にトナカイの角が使用されます。彼らは長い歴史と経験の中で、トナカイの角のどの部分を何に使えばいいかなどを熟知しており、動物から与えられた資源を余す事なく活用します。
角細工として有名なものはサーミのナイフです。サーミの男たちにとって、木を切り、獲物を捌くナイフは生活に欠かせない道具でした。そして、彼らは常に身に付けているそのナイフの柄と鞘に美しい装飾を施したのです。それらは角に独特なラインで模様が彫られ色が入れられており、その染料は職人ごとに秘密の配合があるといわれています。
角細工はそのほか、針箱などがありますが、これらは主にヘラジカの大きな角が使われます。木工細工として代表されるものはトナカイの乳搾りに使われるミルク桶(Naphie)や、携帯用のカップ(Kåsa)などがあります。携帯用カップ、コーサ(Kåsa)は日本でもフィンランドの工芸品ククサ(Kukusa)としてよく知られています。このコーサは白樺にできるこぶを利用してつくられており、形状は日本で広く知られているマグカップ状の形だけではなく、大きなスプーンの様な形をしたものも多く見られます。サーミの木工細工には『割けにくい』いう特徴を持つ白樺が好まれて使用されます。しかし作るものにより、松や柳、トウヒの他の木材も使い分けます。
木工細工にはこのように身の回りの小さなものだけでなく、雪の上を走るそり(Ackja)もあり、これら大きな木工細工は北部サーミのドウジがその形状なども含め美しく、逆にコーサやスプーンのような小ものは中央、南部サーミがエレガントな装飾を施したドウジが多いと言われています。

Kåsa2.jpgサーミ料理家グレータさんの祖父の代から伝わる1940年代のKåsa

◎革細工
トナカイの皮は衣類を作る材料として重宝されました。毛皮は防寒着として、塩や小麦粉、脂を使い独自の方法でなめした革では靴やカバンなどが作られます。トナカイの皮は、白、もしくは黒い毛皮は改まった服装に、皮が薄く柔らかい雌トナカイや仔トナカイの皮は子ども服に、赤ちゃん用の毛皮は生まれたてのトナカイ、よそ行き用や肌着としては生後3ヶ月のトナカイの皮、と用途により、その材料を使い分けていました。
スウェーデンでは現在でもサーミの伝統的な技術を用いたトナカイの革細工を手にすることができます。その中でも有名なブランドが1929年に創立されたブランド、ケロ(KERO)。現在では新しいデザインを取り入れたり、サーミの家族によって作られたデニムブランドデニム・ディーモン(Denim Demon)とのコラボレーションなど、新しい試みも行なっています。実際にその製品を手に取って見ると、トナカイの皮はしなやかで、靴は使うほどに足に馴染みそうです。
そして、トナカイの革と錫を使ったブレスレットもサーミの伝統的な装飾品としてだけでなく、現代のファッション・シーンでも注目を集めています。

same.sko.jpgphoto: Digitalmuseum / Nordiska museet samebag.jpgサーミの手工芸家作のトナカイの革を使ったバッグ(Sámi Duodjiにて)


◎木の根細工
same.rot.jpgphoto:Kulturamt Västerbotten
サーミの人々は木の根も、物づくりの材料として利用してきました。夏から秋にかけて木の根が長く真っ直ぐに成長できる湿地帯で、材料となる白樺やトウヒの根を採取します。それらを削り、きれいにしたあと、乾燥して保存します。木の根細工に使用する際には乾燥させた木の根を水に漬け、柔らかくしてから使用します。木の根はカゴや保存容器を作るのに使われる他、樹皮細工を縫い合わせる糸として、また水に浮き、腐りにくいトウヒの根は釣りの道具にも使用されました。中には細かく編み防水性を持たせることにより、水を入れることが出来る容器もあります。
ドウジの中でも木の根細工は長い歴史を持ち、既に17世紀頃には貿易商人を通しスウェーデンの他の地域や海外にまで木の根細工のカゴなどが売られていました。当時の人文学者Johannes Schefferusは『長い伝統と丹念に作り込む技術を持つサーミの者たち以上に木の根細工に秀でた民族は世界中を探してもいない。』との記述を残しています。しかしながら、現在、この木の根細工の技術を受け継ぐ人の数は減っており、このままでは消えいく運命にあるとも言われています。サーミの教育機関では短期コースを設けたり、現代のニーズに合った装飾品を作ったりと、この技術を後年に残す努力が現在行なわれています。




ヨックモック・ウィンターマーケット

IMG_7652.jpgヨックモック市内の通り これらのドウジ(Duodji)を作る職人たちやトナカイ飼いたちが集まり、年に1度大規模なサーミのマーケットが開催されます。
スウェーデンの北部、北極圏にあるサーミの文化と教育の中心地ヨックモック(Jokkmokk)。このヨックモックで毎年2月に厳しい寒さの中、サーミ人たちによりウィンターマーケット(Jokkmokks marknad)が開催されます。
開催中はスウェーデンはもちろん、ノルウェーやフィンランドからもたくさんのサーミの人々がヨックモックへと集まります。また400年以上も歴史のあるサーミのマーケットとして広く知られているため、スウェーデン国内だけでなく世界中から観光客が訪れます。
このヨックモック・ウィンターマーケットでは、サーミのドウジのほか、トナカイやヘラジカの肉やチーズ、ジャムなど、サーミの伝統食や現代の食文化も堪能することができます。またライブやたくさんのワークショップも開催されているため、サーミの手仕事や文化に実際に触れることができる貴重な機会でもあります。


<ヨックモック・ウィンターマーケットの歴史>
古代よりサーミの人々は、冬にトナカイの餌を求めて森のあるヨックモックへと集まり、同時に物々交換をおこなっていました。そこへロシアやその他海外の貿易商人たちがサーミからトナカイの皮や肉などを買うために、ヨックモックを訪れるようになったのがマーケットの始まりだと言われています。それをウィンターマーケットとして一般に公開しスタートさせたのは、1604年に即位した当時のスウェーデン王カール9世です。カール9世は村に代わり教区分割を導入しました。それによりサーミの人々はスウェーデンの税制や政府の法律下に支配されるようになりました。それまで貿易商人たちを介して徴収していたサーミの人々の税金を直接サーミより徴収、同時にウィンターマーケットに集まったサーミの人々に結婚式や子供への洗礼式をヨックモックの教会で行わせ、キリスト教への改宗も進めました。
このように、ヨックモック・ウィンターマーケットはスウェーデンという国がサーミ人を支配、管理する目的で始まったものでした。しかし現在では、年に一度のお祭りとして、また4つの国にまたがるサーミ人の土地Sàpmiに住むサーミの交流の場として、そしてサーミの文化を発信する場として毎年開催されています。



IMG_7449.jpgウィンターマーケットの会場に設置されたサーミのテント、コータ
<レポート:ヨックモック・ウィンターマーケット>
サーミのドウジや手仕事を実際にこの目で見て確かめたいと思い、去年2012年の2月に北極圏はヨックモックにて開催されているウィンターマーケットへと行ってきました。
北極圏の冬ということで覚悟はしていたものの、ヨックモックへ到着してみると想像以上の寒さ。マーケット開催中の最低気温はなんと氷点下45℃!氷点下45℃という気温は、400年以上も続くウィンターマーケットの中でも2番目に記録される寒さだったとか。2012年のウィンターマーケットはそんな厳しい寒さの中での開催となりました。
氷点下45℃の中、多くの観光客とメディア、サーミの人々で溢れかえるマーケット。今までに聞いたこともないような気温に打ちのめされると同時に、それ以上に人生で経験したことがないような寒さに抑えきれない好奇心が強く、とてもワクワクしたことをよく覚えています。
多くの洋服を着込めるだけ着込み、誰だかわからないほどのもこもこ具合。肌が外気に触れると寒いを通り越して痛みを感じるため、頭にはニット帽、顔にもストールをぐるぐる巻き。そんな重装備で外を歩いているものの、5分も経たないうちにまつげも凍り、顔の露出している部分が痛みだします。iPhoneはあまりの寒さから電源が落ちて全く使いものになりませんでした。どんなに寒さに強いサーミの人々でも、さすがにこの寒さの中、出店して一日中外にいることを考えると他人事ながら彼らがとても心配になりました。

ヨックモックの街を歩いていると多くのコルト姿のサーミに出会うことができます。その美しいコルト姿を前にすると、つい寒さも忘れて見入ってしまい、気がつくと夢中で写真を撮っていたりすることもしばしば。そして道の両端に並ぶお店には、サーミの手工芸品からトナカイやヘラジカの薫製肉などの食品まで、普段ストックホルムではなかなか手に入らないものが作家さんや農家から直接購入することができます。レストランではサーミの伝統的な料理を頂くこともできたり、サーミの手工芸協会が運営するサーミの手工芸店では刺繍作家の展示が行われていたりもします。またカフェやシアターではワークショップやライブも開催されていました。

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IMG_7600.jpgサーミの革細工の中でもおそらく最も広く知られているものが、トナカイの革に錫で模様が編まれたブレスレット。ボタンもトナカイの角を使用しています。
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白樺のこぶから作られる、携帯用のカップ、コーサや、トナカイの角を使ったナイフが売られていたり、ブレスレットを作製しているところも実際に見ることもできます。

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トナカイやヘラジカの薫製肉やソーセージ、Kaffeost(カッフェオスト)と呼ばれるコーヒーに入れるチーズなど独自の食文化を持つサーミ。レストランではサーミの伝統料理レンスカーヴ(Renskav)と呼ばれるスライスしたトナカイ肉のクリーム煮を頂きました。

ウィンターマーケットのメインアトラクションとして、サーミがトナカイとソリをひく伝統的な行進レンライデン(Renrajden)があります。毎年このレンライデンは、マーケット開催中12時にスタートをし、人で溢れかえるマーケットの中をぬうように行進していきます。レンライデンを見るためにマーケットへ訪れる人も大勢いるため、行進する彼らの周りはあっという間にたくさんの人だかりができます。1965年以来、毎年レンライデンを率いているのが、サーミのクムネン(Kuhmunen)さん一家。そのトップを率いるのがパール・クムネン(Per Kuhmunen)さん。パールさん、ヨックモックのサーミの手工芸店へ行くと、彼のポストカードがおいてあるほど地元では人気者。
ソリに荷物をのせ、色鮮やかなコルト(Kolt)に身を包んだパールさん一家が、真っ白な雪の中をトナカイたちとともに歩く光景にその昔の遊牧の姿を垣間みた気がします。

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same女の子.jpgマーケットで出会ったサーミの帽子とブーツを身に着けた女の子スウェーデンやフィンランドなどの大国に翻弄されながらも独自の文化を守り通しているサーミたち。年に一度、彼らが集まるこのヨックモック・ウィンターマーケットはその文化を国外に広めるだけでなく、サーミの若い世代へ伝えていくためにも必要な場であるのではないでしょうか。
ヨックモックへ赴き、サーミの手仕事や文化に実際に触れることで、今まで以上にサーミの人々への興味が沸き、よりサーミへの理解が深まった気がしました。


408回目を迎える2013年のヨックモック・ウィンターマーケットは2月7日~9日の会期で開催されます。
ヨックモック・ウィンターマーケット公式HP
スウェーデン語英語


次回の第二章では、サーミの手工芸家へインタビューや仕事について、サーミの伝統衣装コルト(kolt)についてお伝えします。



参照資料:Samernas liv / Rolf Kjellström (Carlsson Bokförlag) 、Samer.se
Photo by Miki Osako